投稿者: | 2026年3月3日

京アニは元々、作画スタッフもいない、セル画の着色を専門とする二次請けスタジオとしてスタートした会社で、初代社員は京都のパート主婦の方々が中心で、八田さんの奥様である八田陽子さんに育てられたそうです。

陽子は京アニの初期の芸術面で中心的な存在でした。彼女は、手塚治虫のアニメスタジオである虫プロダクションで、日本のマンガとアニメーションの父である伝説の手塚治虫に師事しただけでなく、アニメ業界における楠部大吉郎(シンエイ動画)、タツノコプロ、サンライズとの人脈を活かし、京アニが創業当初から大手スタジオから契約を得ることに尽力しました。また、陽子は1981年に京都にアニメ専門学校を設立し、京アニの初期のスタッフをほぼ独力で指導しました。この学校は京アニの前身となるものです。

社内でアニメーターを育成することは、創業以来、京アニのDNAの一部となっているのです。

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