投稿者: | 2026年4月1日

1770年:ヴォルフガング・フォン・ケンペレンは、チェスを指す自動人形「トルコ人」を製作する。この人形は数十年にわたりヨーロッパ各地の宮廷を巡業する。知識人たちは激しい議論を繰り広げる。機械がチェスを指せるなら、理性そのものが機械的なものなのか? やがて、この人形が偽物であることが明らかになる――キャビネットの中に人間のグランドマスターが隠れていたのだ――その時の安堵感は、ほとんど身体的なものに感じられた。チェスは安全だ。理性は安全だ。私たちは安全だ。

1997年:ディープ・ブルーがガルリ・カスパロフを破る。人類史上最高のチェスの頭脳が、力任せの計算によって敗北した。この危機は約1年間続いた。そして、「チェスは真の知能ではない。単なる計算だ」という共通認識が定着する。目標は変わり、私たちはその存在すら忘れてしまう。

2016年:AlphaGoが囲碁でイ・セドルを破る。囲碁は、単なる計算ではなく直感を必要とするゲームだと我々は主張していた。囲碁は、人間の認知能力には限界があることを証明するものだった。対局後、セドルは「無力だったことをお詫びします」と述べた。目標は再び変わった。囲碁は真の試練ではなかったのだ。

2022年~2024年:大規模な言語モデルがエッセイを書き、フォトリアリスティックなアートを生成し、音楽を作曲し、専門資格試験に合格する。そのたびに、同じ反応が返ってくる。「でも、本当に理解しているわけではない」「単なるパターンマッチングだ」「確率的なオウム返しだ」。境界線は動き、海岸線は後退する。決して自動化できないと言っていたものが、そもそも人間的な部分ではなかったものになる。

2025~2026年:音声とテキストにおける感情検出。共感的な応答の生成。測定可能な患者成果をもたらすAIセラピーコンパニオン。水は最後のキャンプファイヤーに到達する――私たちが「人間特有のもの」と呼んできた一連のスキルは、上空からそのパターンを観察したことのない人々の確信をもってそこに存在する。

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