リベラルな個人のもう一つの喪失、あるいはリベラルな個人の衰退は、仕事と遊びの分離に関係しています。伝統的なリベラルな考え方やリバタリアンの考え方、さらにはホモ・エコノミクスにおいてさえ、消費者の選択について書かれたあらゆる教科書を見ても、ノーベル賞受賞者による労働市場の描写を見ても、仕事は不利益をもたらすものであるという考えがあります。だから、働いている間は苦しいし、疲れるし、退屈するし、何であれ、それをするのです。それは賃金を得るために払わなければならない代償であり、それによって余暇、アメリカで言うレジャーの時間に、ある程度の自主性が確保されるのです。ですから、リベラルな個人であるためには、仕事の時間と遊びの時間が分離されていなければなりません。しかし今や、クラウド キャピタルがその境界線、仕事の時間と遊びの時間の垣根をなくしました。それは、単に仕事やメールを家に持ち帰り、在宅勤務をしているからだけではありません。
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