1991年の全日本プロ将棋トーナメント決勝で、羽生さんと五番勝負を戦ったんです。
矢倉戦で私が2勝1敗になった後に、4戦目、5戦目に羽生さんがひねり飛車を指してきました。それに連敗してしまって、後から米長先生に「ひねり飛車への対策を考えていなかったのか」と言われたんです。
私は「羽生さんは当然矢倉でくると思っていたので考えていませんでした」と話すと、米長先生は少し考えてから「君は勝つことよりも名誉を重んじている。羽生は名誉よりも勝つことを重んじた。それが勝敗の差になった」と言われました。
1991年の全日本プロ将棋トーナメント決勝で、羽生さんと五番勝負を戦ったんです。
矢倉戦で私が2勝1敗になった後に、4戦目、5戦目に羽生さんがひねり飛車を指してきました。それに連敗してしまって、後から米長先生に「ひねり飛車への対策を考えていなかったのか」と言われたんです。
私は「羽生さんは当然矢倉でくると思っていたので考えていませんでした」と話すと、米長先生は少し考えてから「君は勝つことよりも名誉を重んじている。羽生は名誉よりも勝つことを重んじた。それが勝敗の差になった」と言われました。