AI は気持ち悪い。日本人がウイスキーを作ったときのことを思い出す。日本版がいかに最高級のスコッチのように見え、香り、味が似ていても、それは偽物だ。日本版を飲んでいる間、穀物が育った丘陵地帯や、その中を歩く雄鹿を想像したり、ウイスキーを作った人のことを考えたりすることは決してないだろう。日本版は最終製品が重要であり、プロセスが重要ではない。
引用ジャングルは同名のTumblrページからインポートしています
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「なぜ簡単な方法でやらないのか?」という疑問は、何かを創作するすべての人に突きつけられ、多くの人を不安にさせ、ためらわせています。この疑問は、ポッドキャスター、ブロガー、小説家、画家、映画製作者、ミュージシャン、研究者、歴史家など、価値のあるものを創作するのに時間を要するほとんどすべての職業に当てはまります。たとえば、ジョージ・R・R・マーティンのゲーム・オブ・スローンズは、これまですでに 10,000 回も完成されていますが、正式に完成されたわけではなく、人間によって完成されたわけでもありません。
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イーロン・マスクは、テスラ、スペースX、OpenAI、Neuralink、xAI、PayPal、そして最近ではTwitter(失礼、「X」)を経営、設立、または共同設立してきた。彼はまた、事実上の米国大統領首席補佐官という地位にまで自らを導くことに成功した。イーロンがさまざまな点で幸運に恵まれたことは疑いない。これらのいくつかは見込みのない賭けであり、ウォルター・アイザックソンのマスクの伝記には、スペースXの打ち上げがあと1回失敗したら破滅すると彼が考えていたことが記されている。
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ミレニアル世代はジェネレーションZとは異なり、年齢を重ねるにつれて保守的になってはいない。
データによると、米国と英国のミレニアル世代は「記録された歴史上、35歳の中で最も保守的でない世代である」。
私たちは、住宅市場を崩壊させ、私たちから住宅所有の可能性を奪い、60歳になるまでに買えるかもしれない家のために貯金する代わりにアボカドトーストを買っているとして私たちを嘲笑した同じベビーブーマー世代から、怠け者、傲慢、自己中心的だと呼ばれた。私たちは自尊心が高すぎる、参加賞のトロフィーが私たちをダメにした、世界に期待しすぎだと言われてきた。その一方で、私たちは大恐慌以来最悪の経済状況の中で卒業し、私たちが成功できないのはアイスコーヒーにお金を使いすぎているからだと言われてきた。
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私たちは、目標のために自分を限界まで追い込み、睡眠や人間関係を犠牲にする人々を称賛します。スティーブ・ジョブズは確かに天才でしたが、気難しく、残酷なまでに執着していたことでも有名でした。私たちは本当に彼のような人生を歩みたいのでしょうか。成功には苦しみが必要だという考えは、現代文化の最大の詐欺の 1 つです。確かに、努力は重要です。しかし、野心はフルコンタクト スポーツでなければならないという考えは時代遅れです。
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イタリアの状況はフランスに近いと思う。アートの歴史が深い国にはどうしても厳格な伝統主義者が多くなる。過去や伝統に対する強い神話があって、アート教育に関してもとてもアカデミックで保守的。過去から学ばなければならないことは間違いないけど、伝統の神格化や理想化はあまり良いことをもたらさない。必要なことは、現代に生きるアーティストに対する本当の意味でのサポートとは何かを問い直して、組織や制度は何をすべきかを考えること。そのためにはシーンの中で起こっていることに直接触れて、経験することが重要だと思う。
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これまで西洋の音楽における作曲家やアーティスト像は、無から何かを創り出す天才的な人たちのことを表してきて、それを創造行為と呼んできたけど、そのあり方は限界がきているようにも感じる。私にとっては生み出したり、足したりする行為よりも、「差し引く」行為の方が重要。世の中はすでに音で溢れいてるから。音楽家がすべきことは「引き算」だと思う。
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西洋の伝統音楽は全くの静寂な状態から音符の上に音符を積み重ねて曲を作ろうとするけど、非西洋では作曲についてまったく別の考え方を持っている地域が多くある。例えば、インドの弦楽器のタンブーラは楽器から出される豊かな音の上で即興演奏を行うけど、そこでミュージシャンが即興で使う音はドローンの中にすでにある。だから、インド古典の伝統ではドローンの音が高い価値をもつと考えられていて、その考え方が浸透している。西洋音楽では、静寂の中からはじかれる弦の音が重要だと考えられているけど、インドのタンブーラでは、既に鳴っている音、つまり叩かれていない音こそが重要だとされている。インドの音楽の哲学には西洋の音楽にはない、既にある音や振動に対する「繊細さ」があるの。
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モジュラーと向き合うことで、物事は常に自分のコントロールの及ばないところにあるということを思い知らされる。そして、それは人生についても全く同じことが言えるし、そのことを受け入れるのはとても美しいことだと思う。「コントロール」と「委ねる」ことのバランスを見つけるのは、人生の練習でもあるからとても難しい。自分の直感に従うだけだと思う。音楽も人生も、飼いならしたりコントロールしたりするには美しすぎる。人生をコントロールできるというのは幻想で、その無常さこそに美しさがあるの。
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綿密に設計された、文字通り「なんでもできる」テクノロジーは、人びとを受動的にさせる。テクノロジーの世界では「洗練された体験」という言葉があって、その言葉は、あらゆる制限や問題、摩擦を消し去り、快適な体験を与えるようにすることを指しているけど、私はむしろ制限や障害、緊張があることはいいことだと思ってる。「OK。このマシーンや場所にはこんな制限がある。じゃあどうすればいいんだろう?」といった問いかけは、人間の創造性を高めてくれるもの。制限や限界を克服する過程で、人間の創造性は解放されるから。友人のピーター・レーバーグは「コンピューター・ミュージックが本当にクールだったのは、デジタル・ソフトウェアが十分に安定しておらず、コンピューターに不具合や奇妙なことがよく起こっていた頃だった」とよく話していて、コンピュータが安定してきたお陰でコンピュータ音楽はむしろ退屈になったと言っていた。こういった考え方を持つのはいいことだと思う。